りつ缶

のんべんだらり

例によって親から借りた

巌雄じいちゃん名言集じみてる感はありますが。


56p

「いいか、医学生、医学とは、屍肉を喰らって生き永らえてきたクソッタレの学問だ。そのことを忘れてはいかん」


188p

「おい、そこのできそこないの医学生、これが最後だから、耳をかっぽじいてよく聞けよ。死を学べ。死体の声に耳を澄ませ。ひとりひとりの患者の死に、きちんと向き合い続けてさえいれば、いつか必ず立派な医者になれる」


202~203p

 僕は巌雄の言葉を思い浮かべる。
 死の前では皆平等だが、誰もが皆、死に際し平等に扱われているわけではない。だからここでは皆を等しく扱いたい。その時、個人的な感情がはいることはない。
(中略)
 その時、巌雄の厳かな口調が、脳裏に鮮やかに甦った。
 ――死は万人に平等であるべきだ。
 死んでしまえば、憎き娘の仇、立花も、平等に死亡時医学検索される存在になったのだろうか? 僕の胸を、巌雄と常に共にあった密林(ジャングル)の熱風が吹き抜ける。
 南方戦線の地獄絵図が、巌雄に神の視座をもたらしたのかもしれない。
 暗闇が僕を押し包む。巌雄、華緒、小百合、すみれの笑顔が次々に浮かんでは消えていく。それらの像(イメージ)は重なり合い、遠い日の葵の笑顔に融けていく。そして天空に響く銀の鈴の音。
 巌雄という闇は、僕のような若造には、解析不能の難物だ。僕は不意に背中に強い視線を感じる。厳しくも慈愛に満ちたその視線。父親の視線というものは、こんな感じなのかもしれない。その濃密な空気の中、僕は吐き気と眩暈を覚えた。


螺鈿迷宮 下 (角川文庫)

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