「ああ、どうしよう矢三郎。我が一族の頭領、兄さんの絶体絶命の危機だというのに、俺はなんだか妙に面白くてしょうがないよ。ふざけたことだなあ」
「かまわん、走れ兄さん。これも阿呆の血のしからしむるところだ」
私は言った。「面白きことは良きことなり!」
ふいに偽叡電が寺町通をくねくねと蛇行し、軒先すれすれをかすめて雨樋を撥ね飛ばし、通りに面した飾り窓をあわや割りかけた。
「どうした兄さん、大丈夫かい?」
次兄はしばらく物も言わずに車体をくねくねと揺さぶっていたが、やがて嗚咽の混じった声で言った。
「父上の最後の言葉はそれだったよ。父上はあの夜、俺にそう言ったのだ。あれだけ長い間、井戸の底に籠もっていて思い出せなかったことだが、今の今、ようやく思い出した」
次兄の全身で阿呆の血が沸き返るのが分かった。心臓の鼓動を聞く思いがした。
「面白きことは良きことなり!」
高らかな次兄の宣言に、私と弟も唱和した。
- 作者: 森見登美彦
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2007/09/25
- メディア: 単行本
- 購入: 29人 クリック: 834回
- この商品を含むブログ (371件) を見る
312~313p
なんか森見登美彦は入るのに時間がかかるんだけど、入っちゃえば面白いなぁ、という感じがする。
この本の装丁、いいなぁ、と思ってた。ブックデザインは鈴木成一デザイン室。他の本でもときどき見かける名前。で、イラストレーションは平田秀一さん。覚えはないけど今までにも見たことあるのやもしれない。そしたらイラストレーション協力に「Production I.G」って書いてあるじゃないですか! 思わず興奮してしまったのは言うまでもなく。どういう形の協力なのかなってちょっと気になるところです。